ジェロントロジーに関する耳寄りな情報 第119回(ジェロ・マガ Vol.119[2025年11月25日]より一部抜粋)
このコーナーでは、ジェロントロジーに関連する、日々の生活や今後の生き方に役に立つ、あるいは「耳寄りな」情報をお届けいたします。
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先日、私はこころの不調を抱える方々への傾聴ボランティアに参加してまいりました。日常のささやかな話しや体調のこと、仕事や小さな悩みごと。特別なアドバイスはせず、ただ耳を傾ける時間を過ごしました。こうした活動を続ける中で、「聴く」という行為こそ、人生経験を重ねた方々にこそ備わる大切な力だと感じています。私が以前カナダ・トロントで暮らしていた際、高齢者がこうした「聴く力」を含め、様々な形で地域に貢献している姿を数多く目にしました。今回は、高齢者の「聴く力」を中心に、トロントで見聞きしたことや科学的な知見を交えながら、高齢者の社会参加の可能性についてご紹介したいと思います。
■「聴く」ことで支え合うピアサポート
私がトロントで暮らしていた頃、印象的だったのは、高齢者が街のあちこちで当たり前のように活動している光景でした。コミュニティガーデンで季節の花を世話する高齢者、図書館で子どもたちに本を読み聞かせる高齢のボランティア、10代の学生と一緒に大学の講義を熱心に受講している年配の方々。こうした光景が、「街の日常」として存在していたことが強く印象に残っています。年齢に関係なく、それぞれが地域でやりたいことをしている。そんな光景が、そこにはありました。特に私が強く印象に残っているのが、「ピアサポート」と呼ばれる活動です。これは、同じような経験をした者同士が支え合う仕組みで、高齢者が他の高齢者の話を聴くボランティアとして活動するプログラムが数多くありました。配偶者を亡くした高齢者が、同じく喪失を経験した他の高齢者の話を聴く。病気と闘っている高齢者が、同じ病気を経験した高齢者の話を聴く。専門家のカウンセリングとは異なり、同じ経験をした人だからこそ分かるという共感がピアサポートの大きな特徴です。
高齢者のピアサポートに関する研究(※1)では、ピアサポーターとして活動する高齢者自身が人生に目的と意味を見出すことができ、同世代の抑うつ症状を持つ人々に対して、専門家とは異なる深いレベルの仲間意識を提供できることが報告されています。
※1 Yiu et al. (2025). Navigating Challenges in Peer Support Work.
/Health Expectations/, 28(1).
トロントでは、電話による傾聴サービスもありました。孤立しがちな高齢者に、ボランティアが定期的に電話をかけて話を聴くプログラムです。このボランティアの担い手として、高齢者も活躍していました。同じような孤独を経験したことがあるからこそ、相手の気持ちに寄り添うことができるのだと思います。
■ 「聴く」ことが脳と心にもたらす効果
では、なぜ「聴く」ことがこれほど重視されるのでしょうか。それは、傾聴が聴く側にも聴かれる側にも、科学的に証明された効果をもたらすからです。まず、話を聴いてもらう側の効果については、多くの研究があります。ストレスについて誰かに話すことで、ストレスホルモンであるコルチゾールが減少し、心身が安定することが分かっています。2021年に発表された研究(※2)では、瞬間的な否定的感情とコルチゾールレベルの間には正の相関があり、肯定的感情とコルチゾールレベルの間には負の相関があることが示されました。つまり、感情を言葉にして誰かに伝えることで、脳の中で感情が整理され、ストレスが軽減されるのです。
※2 Joseph, N., Jiang, Y., & Zilioli, S. (2021).
Momentary emotions and salivary cortisol: A systematic review and meta-analysis.
/Neuroscience & Biobehavioral Reviews/, 125, 365-379.
一方、あまり知られていないのが、「聴く側」にもたらされる効果です。75年以上続くハーバード大学の成人発達研究(※3)では、人生の幸福度と健康を左右するのは良好な人間関係であることがわかっています。そして、良い関係を築くには、相手に注意を集中させ、話をよく聴くことが重要だといいます。
※3 Waldinger, R. J. & Schulz, M. S. (2023).
“The Good Life: Lessons from the World’s Longest Scientific Study of Happiness.”
Simon & Schuster.
さらに、ボランティア活動をすると、脳内でオキシトシンやドーパミンといったホルモンが分泌され、活動をした本人が幸福感や充足感を得られることが分かっています(※4)。
※4 Estherina, T. (2024). The beneficial effects of social support and prosocial
behavior on immunity and health: A psychoneuroimmunology perspective.
/Brain, Behavior, & Immunity Health,/37.
傾聴ボランティアも同様で、人の話を聴くことで、聴いている側も心が満たされるというわけです。私自身、傾聴ボランティアを続ける中で、この感覚を実感しています。相手を支えているつもりが、実は自分も支えられているという感覚です。その空間が、私にとっても大切な時間になっています。