ジェロントロジーに関する耳寄りな情報 第138回(ジェロ・マガ Vol.138[2026年9月15日]より一部抜粋) このコーナーでは、ジェロントロジーに関連する、日々の生活や今後の生き方に役に立つ、あるいは「耳寄りな」情報をお届けいたします。 —-+—-+—-+—-+—-+—-+—-+—-+—-+—-+—-+—-+—-+—-+—-+—-+—-+—-+—-+—-+—-+—-+—-+—-+—-+—-+—-+—-+—-+—-+—-+—-+—-+—-+—-+—- 今回は、2000年代初頭から日本でも広く知られる考え方になった、応用行動分析(Applied Behavior Analysis:ABA)の基本的な考え方をもとに、「続けたい行動を続ける」「やめたい行動を減らす」ための実践的なヒントを整理し たいと思います。 ■「意志」ではなく「行動の前後」を見る 応用行動分析の大きな特徴は、人の行動を「性格」や「根性」だけで説明しないことです。もちろん、その人の思いや価値観は大切です。しかし、行動が実際に起こるかどうかには、その直前に何があったか、行動の直後にどのような結果があったかが大きく関わります。ABAでは、行動を、先行事象(Antecedent)・行動(Behavior)・結果(Consequence)の3つで整理します。いわゆるABC分析です。行動の直前の状況、実際の行動、行動の直後に起きたことを記録することで、なぜその行動が続いているのか、あるいは続かないのかを考える枠組みです。[1] [1] 飛田伊都子・岸村厚志「応用行動分析を基盤としたABC分析:医療現場における行動変容への実践的介入」『日本健康行動科学会誌』40巻1号, 2025年, 例えば、「夜にスマートフォンを見すぎて寝るのが遅くなる」という行動を考えてみます。この場合、先行事象は「布団に入ったあと、スマートフォンが枕元にあること」、行動は「動画やニュースを見ること」、結果は「退屈がまぎれる」 「すぐに楽しい情報が入る」「一日の疲れから少し逃れられる」といったことかもしれません。こう見ると、問題は「意志が弱い」のではなく、スマートフォンがすぐ手に取れる環境と、見た直後に得られる小さな報酬が、行動を支えている可能性が見えてきます。つまり、行動を変えるには、まず自分を責める前に、「行動の前後に何があるのか」を眺めることが大切だと言えます。 ■続けるコツは「小さく始めて、すぐに報われること」 行動は、その直後に本人にとって望ましい結果があると、将来も起こりやすくなります。これを「強化」と呼びます。ここで大切なのは、他人から見て立派なご褒美かどうかではなく、本人にとってその結果が行動を増やす働きをしているかどうかです。「毎日30分歩く」と決めても続かない人が、「朝、玄関で靴を履いたらまず家の周りを1周だけ歩く」と決めると続くことがあります。これは、行動を小さくして始めやすくし、歩いた直後に「できた」という達成感や、外の空気を吸う気持ちよさが得られるからです。この考え方は、うつ病への心理療法として発展してきた「行動活性化」にも通じます。行動活性化は、気分が良くなるのを待つのではなく、本人にとって意味や楽しさ、達成感につながる活動を少しずつ生活に戻していく方法です。[2] [2] Uphoff, E. et al. “Behavioural activation therapy for depression in adults.” Cochrane Database of Systematic Reviews, 2020, CD013305. 日常生活に置き換えれば、「気分が乗ったら始める」のではなく、「始めやすい形にして、始めたあとに少し気分が動く」ように設計することがポイントになります。たとえば、 ・読書を続けたいなら、いきなり1章ではなく「寝る前に2ページ」から始める ・運動を続けたいなら、「着替えて外に出る」だけでも成功とする ・片づけをしたいなら、「今日は引き出し1つ」ではなく 「今日はレシートを3枚捨てる」から始める。このくらい小さくてよいとされています。健康づくりや社会参加は「大きな決意」より、「小さくて続けられる一歩」の積み重ねが土台になります。 ■「いつ・どこで・何をするか」を決めておく もう一つ役立つ心理学の知見に、「実行意図(implementation intention)」があります。これは、「もし〇〇の状況になったら、□□をする」という形で、行動のきっかけをあらかじめ決めておく方法です。たとえば、 ・朝食後に薬を飲む ・歯みがきが終わったら、スクワットを5回する ・テレビのニュースが終わったら、近所を10分歩く ・エレベーターを待つ間に、肩をゆっくり回す といった具合です。 GollwitzerとSheeranによるメタ分析では、94の独立した研究を検討し、このような「if-thenプラン」が目標達成を促進する中程度から大きな効果を持つことが示されました。[3] [3] Gollwitzer, P. M., & Sheeran, P. “Implementation intentions and goal achievement: A meta-analysis of effects and processes.” Advances in Experimental Social Psychology, 38, 2006, pp.69-119. この方法が優れているのは、「その場で考えなくてよい」点です。私たちは疲れているときほど、判断を先延ばしにしがちです。だからこそ、あらかじめ「この場面ではこれをする」と決めておくことで、行動の入口を少しだけ自動化できます。行動分析の言葉で言えば、行動のきっかけとなる先行事象を、あらかじめ設計しておくということです。 ■「価値」と結びつけると、行動は人生の一部になる ただし、行動を続けるうえで、ご褒美や仕組みだけでは十分でないこともあります。とくに行動変容では、「何のためにそれをするのか」という価値との結びつきが重要になります。たとえば、ウォーキングは「血圧を下げるため」だけでなく、「旅行に行ける体力を保つため」「地域活動に参加し続けるため」「自分の足で季節を感じるため」と捉えると、少し意味が変わります。日常的には、私は次のように問い直すようにしています。「これは健康にいいからやる」だけでなく、「これを続けることで、自分はどのような暮らしを大切にできるのか」「誰との時間を守れるのか」「どのような自分でありたいのか」このように、行動を価値と結びつけると、単なる習慣づくりが、人生の方向づけにもなっていきます。 ■今日からできる「小さなABC」 最後に、今日からできる簡単な方法をまとめます。 1. 増やしたい行動を一つ決める 例:「毎日歩く」ではなく、「夕食後に玄関まで行く」くらい具体的にします。 2. 行動の直前のきっかけを決める 例:「夕食の食器を流しに置いたら、玄関に行く」。 3. 行動を小さくする 例:「30分歩く」ではなく、「外に出て深呼吸を3回する」から始めます。 4. 行動の直後に小さなご褒美を設定する 例:カレンダーに丸をつける、好きなお茶を飲む、家族に「今日もできた」と伝える。 5. できなかった日を責めない できなかった日は、「意志が弱かった」と考えるより、先行事象や結果を見直します。 「時間が遅すぎた」「道具が出ていなかった」「終わった後の楽しみがなかった」など、環境側に調整できる点が見つかるかもしれません。 行動を変えることは、自分を叱咤激励することではなく、自分が動きやすい環境を整えること言われています。年齢を重ねるほど、体力や役割、人間関係は少しずつ変化します。だからこそ、今の自分に合った「小さな行動の設計」を持つことは、人生をしなやかに生きるための大切な技術になるのかもしれません。