ジェロントロジーに関する耳寄りな情報 第10回(ジェロ・マガ Vol.10 [2021年7月21日]より一部抜粋)

このコーナーでは、ジェロントロジーに関連する、日々の生活や今後の生き方に役に立つ、あるいは「耳寄りな」情報をお届けいたします。
今回も前回に引き続き、6月11日に公表された「高齢社会白書」(令和3年度版)の中から注目ポイントをご紹介したいと思います。

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今回ご紹介するのは「認知症施策の推進」(pp.100-101、149-150)に関連した話題です。

【「高齢社会白書」(令和3年度版)(p.93~p.105)】
【「高齢社会白書」(令和3年度版)(p.145~p.152)】

令和元年の『国民生活基礎調査』によると、介護が必要となった主因について「認知症」が18.1%で最も多く、
次いで「脳血管疾患(脳卒中)」が15.0%、「高齢による衰弱」が13.3%となっています。
このような背景のもと、平成30年12月に認知症施策推進関係閣僚会議が設置され、令和元年6月に「認知症施策推進大綱」が公表されました。
「認知症施策推進大綱」では、認知症の発症を遅らせ、認知症になっても希望をもって日常生活を過ごせる社会を目指し、本人や家族の視点を重視しながら「共生」と「予防」を車の両輪として施策を推進していくことを基本的な考え方としています。

ここでは、認知症の予防と治療で活用されている心理療法「回想法」をご紹介したいと思います。

回想法は1960年代にアメリカの精神科医バトラー博士により提唱され、APA(アメリカ心理学会)がそれを心理療法のひとつとして認証しました。
当時は、高齢者の繰り言は否定的な行動として考えられていましたが、バトラー博士は「おしゃべりすることで自分の人生を整理している」と捉え直しました。

具体的には、当事者の記憶想起を促す懐かしいモノ(視覚だけでなく、聴覚、触覚、味覚、嗅覚すべてに訴えるもの)を用いて、
当事者が体験した過去の出来事に思いをめぐらせ、その思い出を語り、他者と共有するよう働きかけることにより、脳を活性化させ、精神的な安定をもたらすという治療法です。

1980年代以降、医療・介護施設において、臨床で応用可能な形に確立され始め、慢性疾患、うつ、認知症などへの非薬物療法の一環として導入されてきました。
以来、疾患としての認知症の解明や予防法の開発だけでなく、様々な分野における研究蓄積を駆使した社会創生の観点からも研究は進んでいます。
日本では、回想法の有効性は国立長寿医療研究センターで検証され、回想法を受けた人は受けなかった人に比べて認知機能が改善したという結果が出ています。

このように「回想法」は、専門家による心理療法として学術的評価を伴う研究・実践がなされてきましたが、日本ではこのような心理療法とは少し距離を置いた「地域回想法」が開発されました。
認知症予防に世代間交流、地域内交流などの視点が加わって活用されてきたのです。

愛知県北名古屋市は、2002年から地域ケアの一環として、回想法を先駆的に導入しました。同市にある「昭和日常博物館」が所蔵する、昭和の生活用品や玩具など豊富な日常生活に関する収蔵品を活用し、高齢者ケア、認知症予防と生涯学習を結びつけ、博物館主導で「思い出ふれあい事業(回想法事業)」を推進してきました。
同館は「懐かしさ」をキーワードに展示を構成していますが、そこに回想法を軸に収蔵品を通じて来館者が懐かしさを体験し、お互いの思い出を語り合う場所としての機能を加えました。

デイサービスなどに参加する高齢者を対象とした「お出かけ回想法」では、見学者に対し回想法を提供するための教材「お出かけ回想法マニュアル」を開発しました。
また、資料を単なる展示物として扱うだけではなく、どこでもいつでも回想法に取り組めるように、「回想法キット」として貸し出す活動を行っています。
同キットは、かつて日常的に使用していた洗濯板・たらい、釜などの生活用品をテーマ別に詰め合わせた箱で、20種類ほど開発されました。

さらに、館内での活動にとどまらず、登録有形文化財の「旧加藤家住宅」を活用して、医師と保健師が参画し、医療・福祉・博物館が連携して回想法を用いた高齢者ケアに取り組んでいます。2002年に「旧加藤家住宅」内に回想法の研究・研究を行う「回想法センター」が設置されました。

北名古屋市の事例を受け、自治体が高齢者ケアの枠を越え地域づくりに関わる様々な施策において、博物館・郷土資料館の資源を活用した回想法に取り組む事例が増えてきました。
例えば、回想法を導入した博物館は、江戸東京博物館、金沢くらしの博物館、氷見市立博物館、東近江市能登川博物館などがあります。

皆様も、地元や旅先の博物館を尋ねた際、展示をみながら浮かんでくる思い出を語り合ってみてはいかがでしょうか。