ジェロントロジーに関する耳寄りな情報 第26回(ジェロ・マガ Vol.26 [2022年3月9日]より一部抜粋)

このコーナーでは、ジェロントロジーに関連する、日々の生活や今後の生き方に役に立つ、あるいは「耳寄りな」情報をお届けいたします。

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今回は、文化芸術の健康と幸福感への影響の検証に関する最近の動きについてお話させていただきます。

日本は、団塊の世代が75歳以上となる「2025年問題」、さらに65歳以上の人口が3,900万人を超えると予想される「2042 年問題」という超高齢社会の課題に直面しています。
そこでは、高齢者の「健康寿命」の延伸が解決に向けた鍵になると言われています。

2019年11月、世界保健機関(WHO)欧州地域事務局は、
報告書「健康と幸福感の増進における芸術の役割に関するエビデンスとは?」
(What is the evidence on the role of the arts in improving health and well-being? A scoping review (2019))をとりまとめました。

報告書のテーマは、美術、音楽、文芸、演劇、映画をはじめとする芸術と健康についてです。
報告書はまず、ヨーロッパを中心に過去 20 年にわたって、芸術が健康に及ぼす効果はある程度認識されてきましたが、それらの根拠となるエビデンスの存在は必ずしも十分に認識されてこなかったと分析しました。

その上で、2000年1月から2019年5月までに公表された英語、ロシア語の3000 件を超える芸術関連の医学文献の検証から、芸術の効果やその他の影響を、疾病予防や健康増進と疾病管理や治療の2分野に分けて整理分類しました。
その中には、音楽は糖尿病などによる高血圧を軽減する効果があるとした研究、うつ病、PTSDを患う子どもが絵を描くことで症状が軽減されるとした研究などがあります。

そして、芸術と健康を結びつける論理モデルとして、以下の4側面を提示しました。
① 心理面(例:自己効力感、コーピング、感情制御の向上)
② 生理面(例:ストレスホルモン応答の軽減、免疫機能の強化、心血管反応の増強)
③ 社会面(例:孤独や孤立の軽減、社会的支援の強化、社会的行動の改善)
④ 行動面(例:エクササイズの増加、より健康的な行動の採用、スキルの育成)

さらに、今後の実証研究に当たってのエビデンス意識の向上、つまり「感覚から科学」への転換を促しました。

文化芸術の健康と幸福感への影響に関する日本初の実証実験は、2001年に日本メナード化粧品(株)によって愛知県小牧市にあるメナード美術館で行われました。
実験では、内容の異なる3つの展覧会の来場者を対象に、生理測定(コルチゾール検査)と心理測定(多面的感情状態尺度、VAS)を実施しました。
① 生理測定では、いずれの展覧会においても、鑑賞後にコルチゾール値が減少、
② 心理測定では、VAS のストレス感、精神負担感、身体負担感と、
多面的感情状態尺度の抑うつ不安感、倦怠感、敵意が減少しました。
この実験の報告では、美術館鑑賞は生理的にも、心理的にも癒し効果があるとされました。

一方、海外の研究は、イギリスのウェストミンスター大学のAngela Clowにより、2006 年から始まりました。
ロンドンの労働者を対象に、昼休み、アートギャラリーでの作品鑑賞前後に、コルチゾール検査による非侵襲性の生理測定が行われました。
ギャラリー訪問時はかなり高い値を示しましたが、35分〜40分程度の鑑賞後の数値は正常値に戻ったという結果が確認されました。
この研究では、美術作品を昼休みの短時間に見るだけでも、ストレスの軽減になると報告されています。

先述のWHO報告書以降については、2021年からニュージーランドのオークランド大学のMikaela Lawらが、「視覚的芸術作品の鑑賞がストレスにどう影響を及ぼすか」に関する実証研究論文を数多く収集し、それぞれの研究方法を分析することで、WHOの報告書で指摘された研究方法のギャップの是正を目指そうとしています。
日本では、九州産業大学と国立九州博物館の共同研究により、高校生を対象に心理測定(VAS・POMS)/生理測定(血圧・脈拍)を通して、国立九州博物館の常設展示観覧での短時間の見学によるストレス軽減、健康増進の効果を測定するよる実証実験が行われています。

それぞれの詳しい研究結果が発表されましたらまたご紹介したいと思います。