ジェロントロジーに関する耳寄りな情報 第73回(ジェロ・マガ Vol.73[2024年1月30日]より一部抜粋)
このコーナーでは、ジェロントロジーに関連する、日々の生活や今後の生き方に役に立つ、あるいは「耳寄りな」情報をお届けいたします。
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今回の「ジェロントロジー総合講座」修了者向けメールマガジン(ジェロ・マガ)Vol.73では、自己紹介も兼ねて、私が(一財)日本総合研究所の研究員として主体的に取り組んでいるテーマの一つである「福祉防災」についてご紹介します。
今回は、立木茂雄・著『誰一人取り残さない防災に向けて、福祉関係者が身につけるべきこと』(萌書房)から、「福祉防災」の基本的な考え方についてご紹介します。内容が長くなってしまっていますが、大変重要なテーマですので、ぜひ最後までお読みいただけますと嬉しく思います。
1.防災の基本的な考え方を理解する
まず、防災の基本的な考え方についてご説明します。防災対策は2つの基本となる視点から構成されています。一つは、被害を生み出す直接のきっかけとなるような自然現象のことです。このような自然現象のことを、防災では「ハザード(災害因)」と呼びます。
例えば、地震による大きな揺れや大雨で堤防を乗り越える洪水、押し寄せる津波、山からものすごい勢いで流れてくる土砂、などです。また、下水道の排水能力を超えて道路に水が溢れてくる、いわゆる内水氾濫もハザードといえます。
しかし、ハザードがそのまま災害となるわけではありません。無人島に津波が押し寄せた場合、津波ハザードではあるものの、人的被害は生じませんので、それは災害にはなりません。そこで災害という現象が起こるためには、もう一つの視点が必要になります。それは「社会のぜい弱性」です。例えば、地震が発生した時に、揺れに耐えられない家に住んでいて倒壊の下敷きになってしまう場合もあれば、丈夫な家に住んでいて倒壊を免れることもあります。つまり、災害はハザードが社会のぜい弱な側面を襲う結果として表れてくる社会的な産物であり、災害とは社会現象であるということがいえます。そして、災害は社会現象なので、社会的な取り組みによって被害を減らすことができるということが防災の考え方となります。
防災の2つの視点を言い換えると、下の式(1)で表すことができます。
災害リスク=f(ハザード、ぜい弱性)…(1)
災害リスクは、①その社会を襲うハザード(災害因)と、②その社会が抱えているぜい弱性の2つを要因とする関数として捉えることができます。
2.福祉の基本的な考え方を理解する
続いて、福祉の基本的な考え方についてご説明します。例えば、障がいのある方への対応について考える時、障がいとは「何」を指し、「どこ」にあると考えるのか。かつての障がいの考え方では、心身的な構造や機能に何らかの不自由があることを障がいのある状態と捉えていました。しかし現在では、足が不自由で車いすを使用している方がお店に入る際に段差があって中に入れないなど、社会の側が作り上げた障壁によって、その方の活動が制限され、買い物をするという社会参加が制約されてしまう、つまり、障がいのある方に生じる不利益は、その方の心身の状態に由来するのではなく、その方の社会参加を拒むバリア=障壁が社会の側に由来するという「障がいの社会モデル」という見方が標準となっています。
社会の側がバリア=障壁を取り除く努力や取り組み、あるいは個別のニーズに即して資源の提供を調整するなどの合理的配慮が行われることで、当事者の不利益を社会の側で減じることができます。つまり主体(当事者)と客体(社会環境)との相互作用の中で、その人の不利益が決定されるということが福祉の考え方です。
福祉の分野では日々の社会のぜい弱な側面について対策を考えており、まさに防災で基本的な視点となる「社会のぜい弱性」と密接な関係性があります。利用者(主体)のADL(日常生活動作)と、利用者の暮らしている社会環境(客体)、この2つの相互作用によりぜい弱性が決まる。あるレベルのADL(日常生活動作)の方のニーズに応じて、どのような社会資源をマッチングするか、福祉の分野ではこの視点で見立てを行い、処遇を決定する。これを防災の基本的な考え方と同じように式(2)で表すと以下のようになります。
ぜい弱性=g(主体、客体)…(2)
つまり、ぜい弱性は主体と客体を要因とする関数として捉えることができます。
3.防災と福祉をつなげて考える
防災の基本的な考え方と福祉の基本的な考え方を並べてみると、これら2つの考え方がつながっていることがわかります。そこで、防災の式(1)に福祉の式(2)を代入すると以下の式(3)となります。
災害リスク=f(ハザード、g(主体、客体))…(3)
ハザード=想定浸水深や震度はどの程度か?
主体=訪問看護やヘルパーさんに来てもらっているか?発災時に自力避難は可能か?
客体=避難支援者がすぐに駆けつけられるか?
これが福祉防災の基本的な考え方となります。
4.ハザード・主体・客体それぞれの要因から対策を考える
福祉防災の基本的な考え方について見てきたところで、福祉防災を構成する各要因について、問題(課題)がある(×)、問題(課題)はない(○)の組み合わせで考えてみると、必要な対策が見えてきます。
ハザード(○)、主体(○)、客体(×)⇒CSW(地域見守り)活動
ハザード(○)、主体(×)、客体(○)⇒介護保険サービス等の利用
ハザード(○)、主体(×)、客体(×)⇒地域包括ケアの整備
ハザード(×)、主体(○)、客体(○)⇒地区防災計画による対策
ハザード(×)、主体(×)、客体(○)⇒従前の要支援者対策
ハザード(×)、主体(○)、客体(×)⇒CSWと地区防災計画
ハザード(×)、主体(×)、客体(×)⇒防災と福祉の連結
例えば、ハザードに問題がなく、近隣関係が希薄である場合には、コミュニティソーシャルワーク(CSW)活動により地域見守りが盛んになるような対策が考えられますし、ADL(日常生活動作)に問題がある場合には介護保険サービス等の福祉サービスの利用が考えられます。
一方、当事者(主体)のADL(日常生活動作)と社会環境の両方に課題がある場合には、地域包括ケアの整備といった当事者(主体)と社会環境(客体)両方にアプローチする対策を講じなければなりません。そして、ハザード域内に暮らし、ADL(日常生活動作)に課題を抱え、社会関係も希薄な層、つまりハザード・主体・客体すべての要因に問題がある場合に、まさに防災と福祉をつなげて考える視座が必要になってくるのです。
防災と福祉を連結させた取り組みについては、災害時ケアプランや避難行動要支援者の個別避難計画などがありますが、別の機会に改めてご紹介します。ご関心のある方はぜひ調べてみてください。
<参考文献>
・立木茂雄(2021)『誰一人取り残さない防災に向けて、福祉関係者が身につけるべ
きこと』(萌書房)
・立木茂雄(2016)『災害と復興の社会学』(萌書房)