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ジェロントロジーに関する耳寄りな情報 第96回(ジェロ・マガ Vol.96[2024年12月24日]より一部抜粋)

このコーナーでは、ジェロントロジーに関連する、日々の生活や今後の生き方に役に立つ、あるいは「耳寄りな」情報をお届けいたします。

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今回は、ポーランドのエネルギー事情について、紹介したいと思います。

皆様はポーランドと聞いて何をイメージされるでしょうか。芸術に興味のある方はショパンを想像されるかもしれません。学問で言えば景気循環や寡占市場における企業の価格決定メカニズムについて論じたミハウ・カレツキはポーランドのウッチ出身です。

日本との関係でみると、島根県隠岐の島町がポーランドのクロトシン市と姉妹都市協定を締結しています。農業面ではヨーロッパ屈指の林檎生産国であり、マゾビアン県、マウポルスカ県で収穫された林檎を近隣諸国(ロシア、ドイツ、ベラルーシ)に輸出しています。また、2000年以降は経済成長が目覚ましく、リーマンショック時もマイナス成長を経験しませんでした。そのため、2014年にThe Economistはポーランド経済の活況をThe second Jagiellonian age(第二のヤギェウォ時代)というタイトルで紹介しました。

ポーランドの電源構成は約8割が石炭火力発電で占められています。ポーランド国内では上シロンスク地方を中心に豊富な石炭資源を有しており、社会主義体制下では石炭は基幹産業の1つでした。そのため、炭鉱夫は国家の発展にとって重要な労働者であり、特権的な地位が与えられ、人々から尊敬の眼差しを集めていました。その名残は1989年の体制転換を経た後もポーランド人の内面に刻まれています。例えば、世論調査センター(CBOS)が実施した「尊敬される職業(原題: Które zawody poważamy)」に関する世論調査(2019年)では、炭鉱夫はポーランドで尊敬される職業第4位でした。これは大学教授や医師、教員よりも上のランクです。

そのような石炭産業ですが、近年は2015年のパリ協定や地球温暖化への関心が高まる中で石炭火力発電やその関連産業への風当たりは強くなっています。ヨーロッパやアジア諸国ではパリ協定の目標に沿い、2050年のネットゼロに向けて石炭火力削減を表明する国は増えています。加えて、金融ではESG投資の普及が進み、大手金融機関が石炭火力への投融資を制限する旨を公表しています。

このような状況では、次のエネルギー源をどうするか、そして既存の石炭火力産業が抱える資源(人材、発電所、炭鉱の跡地など)をどのように活用していくのかが、問題として挙げられています。仮に化石燃料から再生可能エネルギーへの転換が進み、2050年にネットゼロを達成できたとして、石炭火力産業に従事する人材はどうすればいいでしょうか。ILOの試算によると、グリーン産業の台頭により、新たに1億人の雇用が創出される一方、化石燃料に依存する従来の産業から8,000万人の雇用が喪失されると推測されています。そのため、「公正な移行」(Just Transition:脱炭素社会移行に伴って生じる産業、労働者、地域への負の影響を緩和すること)に向けた議論を重ねる必要があります。

ポーランドの場合、2021年にPEP2040と呼ばれる2040年までのエネルギー政策のロードマップが示されました(ロシアのウクライナ侵攻を受け、2022年3月29日に更新)。このロードマップには

1.Just Transitionの実現
2.ゼロ・エミッションエネルギーの実現
3.大気汚染の改善
4.エネルギー主権

の4つの柱があり、ポーランド政府も公正な移行に重点を置いていることがうかがえます。また、EUでは2020年1月に欧州グリーン・ディール投資計画のもと、「公正な移行基金(Just Transition Fund)」が立ち上げられ、総額175億ユーロの予算が計上されました。ポーランドはこの資金の受取額がEUで最大の国家です(2021年~2027年にかけて35億ユーロの受取額)。現在、ポーランドでは4つの地域(東ヴィエルコポルスカ、ウッチ、シロンスク、ヴァウブジフ)で公正な移行に向けた計画が進められています。

例えば、シロンスクでは新規企業の設立、職業訓練、住宅の低炭素化、環境にやさしい輸送体系などに資金が活用されます。東ヴィエルコポルスカは気候中立目標がEUの目標より10年早く設定されており(2040年に設定)、環境・社会・経済分野への介入が十分に説明されていると肯定的に評価されています。同地域で多くの採炭場、発電所を有するZE PAK社は再生可能エネルギーによる発電を2025年までに25%、2030年までに100%にすると宣言しました。そして、2021年6月に同社と東ヴィエルコポルスカはポーランドで初めて脱石炭国際連盟(The Powering Past Coal Alliance、略称PPCA)に加盟し、2030年までの石炭火力からのフェーズアウトを正式に約束しました。

今後、公正な移行を実現するにあたり、石炭産業はもちろんのこと、その周辺部への配慮も必要となるでしょう。例えば、石炭産業で栄えていた町ならば、地元の飲食店、小売店に従事する人々も間接的に影響を受けることが予想されます。また、ジェンダーの視点ではエネルギー産業は男性の比率が多い一方、農業、小売業、飲食業は女性の比率が多いことがデータで示されています。外国の事例をみると、カナダのアルバータ州では石炭火力の段階的削減を受けて2018年に離職者向けの支援プログラムや基金が設立されました。プログラムは設けられたものの、石炭労働従事者の多くが白人のカナダ人男性であり、高所得かつ手厚い補償を受けられたのに対し、周辺の小売業は女性や移民が従事しており、補償の対象外でした。ポーランドにおいても誰1人取り残さない社会(Leave no one behind)の実現に向け、今後どのような議論が展開されるのか注視していきたいと思います。

最後に、本稿を執筆するにあたり参考にした文献(日本語のみ)を、ご参考までに列記します。

気候ネットワーク[2019]「公正な移行~脱炭素社会へ、新しい仕事と雇用をつくりだす~」
佐々木晶子[2024]「世界の公正な移行に学ぶ : 公正な移行を取り巻く多様性と課題」『連合総研』37-6
菅原祥[2021]「産炭地をめぐる記憶と表象 : ポーランドの炭鉱住宅ニキショヴィエツとギショヴィエツをめぐって」『京都産業大学論集 人文科学系列』54
独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構[2020]「欧州の石炭・環境政策動向」
吉井昌彦[2024]「EUの気候中立政策と公正な移行」『連合総研』37-6