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ジェロントロジーに関する耳寄りな情報 第111回(ジェロ・マガ Vol.111[2025年8月5日]より一部抜粋)

このコーナーでは、ジェロントロジーに関連する、日々の生活や今後の生き方に役に立つ、あるいは「耳寄りな」情報をお届けいたします。

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私事ですが、先月、4泊5日でベトナムのホーチミン市を訪れ、ホーチミン市街地の散策やメコンデルタクルーズなど観光を楽しむとともに、JICAや日本国総領事館を訪問し、ベトナム社会の現状と今後について議論してきました。ホーチミン市は皆さまご想像の通り、経済発展著しく、大量のバイクが道路を埋め尽くし、若者も多く、とても活気溢れる都市でした。しかしその一方、JICAの駐在員の方と今後のベトナムについて議論する中で、2040~2050年以降にかけて急速に少子高齢化が進むのではないかと話していたことが大変印象的でした。

経済発展著しく、人口構成的にも若いイメージが強いベトナムですが、足元では少子高齢化の影が忍び寄ってきている状況です。ベトナムの人口は約1億31万人(2023年時点)(※1)、平均年齢は2020年時点で31歳、人口構成も15~59歳の占める割合が65%で、25歳から29歳が最も多い状況となっており(※2)、日本と比べると断然若年層がボリュームを占める人口構成となっています。
(※1)日本貿易振興機構(ジェトロ),「ベトナム 概況・基本統計」
(※2)日本貿易振興機構(ジェトロ),「ベトナム 教育(Edtech)産業調査(2021年1月)」

しかし、合計特殊出生率を見てみると、2024年の合計特殊出生率は1.91と過去最低を記録し、特にベトナム最大の都市であるホーチミン市の合計特殊出生率は1.39とベトナム国内でも最も低い数字となりました(※3)。
(※3)日本貿易振興機構(ジェトロ),「2024年の合計特殊出生率1.91、過去最低を更新」

ベトナムでは、1988年から人口増に伴う貧困の長期化への懸念から、政府が定める特別な場合を除いて、夫婦や個人は3人以上の子どもを持つことが出来ないと規定される『二人っ子政策』が導入され、意図的な人口抑制政策が展開されていました。これまでは農村部における合計特殊出生率は高水準を維持していたため、国全体の合計特殊出生率は人口置換水準とされる2.1あたりで比較的安定して推移していました。

ところが、経済の高成長に伴う都市化により、生活コストの上昇や女性の社会進出に伴う家族観、結婚観、出産観の変化、さらにコロナ禍の影響などの複合的な要因により、2022年以降、特に都市部における出生率が大きく低下し、
全体で人口置換水準を下回る結果となりました(※4)。
(※4)第一生命経済研究所,「Asia Trends/マクロ経済分析レポート」

このままの状況では、2039年に人口ボーナス期が終わり、2042年に生産年齢人口(15~64歳)がピークに達し、2054年以降人口が減少に転じる可能性があると予測されています。そこで、ベトナム国会常務委員会において、2025年6月に『二人っ子政策』の廃止が可決され、新たな規定により、夫婦や個人は年齢や健康状態、学習・労働条件、収入、育児能力などに応じて、出産の時期や子どもの数、出生間隔を自由に決定できるようになるなど(※5)、来たる少子高齢化に向けて対策が進められ始めています。
(※5)日本貿易振興機構(ジェトロ),「二人っ子政策を廃止、出生率低下や男女比不均衡の対応案模索」

以上のようなベトナムにおける今後の少子高齢化の動向を受けて、私見ではありますが、議論の方向性を二つほどお示ししたいと思います。一つめは、ベトナムにおける少子高齢化を見据えた制度設計の必要性です。ベトナムでは、日本における介護保険制度のような仕組みはなく、現状では高齢者の介護は基本的に家族が担うものとされています。私がベトナム観光した際にガイドを務めてくれたベトナム人男性に話を伺ったところ、やはりおじいちゃんおばあちゃんのお世話はその子どもや孫などの家族が行うのが普通と話していました。
また、私は普段介護施設に関する調査研究を行っている関係上、外を歩いていると職業病的に介護施設に目が止まりがちなのですが、街中を歩いていても介護施設らしき建物はほとんど見当たりませんでした。今後の少子高齢化を迎えるにあたり、家族機能に依存する介護の在り方から、社会全体でカバーしていくための仕組みづくりと介護産業の育成を高齢化が本格化する前の段階から先行的に進めておく必要があるのではないでしょうか。

二つめは、日本の介護施設におけるベトナム人技能実習生の積極的受け入れです。2024年6月末時点における日本在留のベトナム人の技能実習生は203,977人(全体の47%)と、他国と比べても一番高い割合を占めています(※6)。
(※6)出入国在留管理庁,「令和6年6月末現在における在留外国人数について」

一方、介護分野における、技能実習を在留資格とした在留者数は15,011人(2022年6月末時点)となっています(※7)。
(※7)厚生労働省,「介護分野における外国人受入実績等」

介護分野に関しては、平成29年11月から対象職種に追加され、技能実習生の受け入れが開始されています。日本語レベルや受け入れ人数枠の上限等の要件があるため、介護分野で技能実習に就くためには一定のハードルがあるものの(※8)、最近では多くの介護施設で技能実習生の受け入れが行われています。
(※8)厚生労働省,「技能実習「介護」における固有要件について」

社会課題を解決するためには、課題に対して正面から向き合い、正しい知識と技術、さらには課題を解決するための創造力を有する人材がどれだけいるかということが鍵を握ります。技能実習生として最も多くの人材を輩出している
ベトナムのポテンシャルを生かし、日本の介護制度や介護サービス、介護技術を学び・身に付ける機会をより多く創出し、帰国後に介護分野の担い手となる人材を日本から送り出すことでベトナムの少子高齢化対策の一助となる可能性を見出すことができるのではないでしょうか。そのためには、日本の介護サービス事業者が外国人介護人材を積極的に受け入れる姿勢をとれるよう、意識の醸成や環境の整備を行い、これから少子高齢化を迎える諸外国における介護分野の担い手を育成する役目を担っていくことが求められていると考えています。