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ジェロントロジーに関する耳寄りな情報 第134回(ジェロ・マガ Vol.134[2026年7月21日]より一部抜粋)

このコーナーでは、ジェロントロジーに関連する、日々の生活や今後の生き方に役に立つ、あるいは「耳寄りな」情報をお届けいたします。

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今回参考にした書籍は、『タコの心身問題 頭足類から考える意識の起源』(ピーター・ゴドフリー=スミス・著)です。生物哲学者であり、錬達のダイバーでもある著者がタコやイカに代表される頭足類の不思議な生態から人間との共通点と違いを見出し、心や意識の起源という壮大なテーマについて語っている著作です。

①タコの不思議な魅力

ところで、タコには様々な逸話がありますが、なかでも興味深いのは、タコの賢さや知性に関するものです。たとえば、2つの異なる迷路で2回目以降はすぐに正解ルートを導き出したり、ある研究では特定の嫌いな研究者に対して水を吹きかけたり、墨を吐くなどの攻撃的な行動をとるなど、記憶力の高さがわかるエピソードがあります。また、貝殻や割れたココナッツの殻を使ってシェルターを作ったり、腕を巧みに使ってフタのついた容器の中から餌を取り出すなど、問題解決能力が高かったり、その他にも学習能力が高かったり、個体ごとに性格が違ったり、いたずらや創意工夫に関するエピソードがさまざま存在します。

ダイバーである著者が海の中でタコを観察していると、一匹のタコと目が合い、お互いに見つめ合いながら、近づきすぎず、離れすぎずに一定の距離を保ちながら、時には一本の腕を伸ばして興味を示しながら触れようとしてきて、何かが通じ合う感じがするそうです。このように、タコやイカなどの頭足類には“心”や“意識”の存在を思わせる不思議なふるまいがあるといいます。

②タコの高度に発達した神経系

タコの不思議な心の存在に触れるにあたり、心の形成に通じるタコの神経系の特徴について見てみます。私たち人間も含めて、運動を伴う動物には電気信号や化学物質を通じて情報を伝えるためのニューロン(神経細胞)と神経系がありますが、そのあり方は動物種のグループによって大きく異なります。特に「複雑で活発な身体(complex active bodies=CABs)」を持ち得るのは、数あるグループのうち、3つの主要なグループに属する動物だけだそうです。3つのグループとは、節足動物(昆虫、カニなど)、脊椎動物(人間を含む、背に神経索を持つ動物)、そして軟体動物の一部です。なかでも軟体動物の中でCABsを持っているといえるのはタコやイカなどの頭足類だけだそうです。ごく普通のタコの身体には、合計で約5億個のニューロンがあると言われています。小型の哺乳類の中には、ニューロン数でいえばタコと同じくらいもの動物が多くおり、タコのニューロン数は犬にかなり近いそうです(人間は約1000億個といわれています)。つまり、他のどの無脊椎動物と比べても、頭足類の神経系の規模は異常に大きいのです。

では、タコの発達した神経系の特徴とは何でしょうか?私たち人間をはじめとする脊椎動物は、脊椎が身体の背側にあり、身体の中央を貫いています。脊椎には神経が通り、一方の端には脳があり、身体の各感覚器官と脳が神経でつながっています。一方、頭足類は、それとは大きく違った設計の身体、違った種類の神経系を進化させています。脊椎動物の神経系を中央集権型だとすると、頭足類の神経系はそれよりも分散型だといえます。無脊椎動物のニューロンは多数の神経節に集まることが多く、小さな神経の集合である神経節が身体に散在し、互いにつながっています。タコの場合、ニューロンの多くが腕に集中しており、腕にあるニューロンの数は、合計すると脳にある数の2倍近くになるそうです。そして腕にも感覚器と身体の制御機能が備わっており、腕が身体から切除されたとしても、単独で基本的な動作ができ、腕を伸ばしてものをつかむという動作が腕だけでも可能となります。

つまり、タコの場合では、脳と腕が連携しながら、神経系の分散型の機能と中央集権型の機能が同時に働いていることになります。少し前にスペイン料理レストランに行ったときのことですが、メニューに「タコの踊り食い」があり、興味本位で頼んでみました。いけすの中で生きているタコをその場で切り分け、お皿に盛りつけて出された時に、まだ元気にお皿の上で腕が動いており、私の口の中でもしばらく踊っていたことを思い出します。

③“心”(=主観的経験)の起源

私たち人類をはじめとする脊椎動物とタコなどの頭足類はそれぞれ高度で複雑な神経系を進化させてきましたが、そのあり方は大きく異なり、それぞれ別々の仕方で独自に進化していった結果、お互いに特徴的な神経系を持つに至りました。今でこそ、私たち人類とタコの姿形や生態系は大きく異なりますが、進化の木をはるか昔までたどると、人類とタコの共通の祖先は約6億年に存在した生物で、平たい虫のような姿をしていたそうです。その頃の生物は海水を体内に流し込んで、栄養分を濾し取って吸収した後、水を吐き出す形で生きていた生物しか存在していませんでした。しかし、約5億4200万年前に始まったカンブリア紀には、いわゆる「カンブリア爆発」と呼ばれる出来事が起き、現在見られるほとんどの動物の基本的なデザインがその時に一気に出現したといわれています。

この時代に出現した画期的な生存形態の一つが「食う、食われる」のいわゆる“捕食”関係です。それまでの動物たちはお互いに捕食関係にはなく、自ら栄養になるものを探し求めて動くことがなかったため、感覚器はさほど大きく複雑なものではなく、大きな目はなく、触覚などは持っていませんでした。しかし、捕食をきっかけとして、常に周囲にいる他者たちに敏感になる必要性が生じてきました。他者には敵もいれば、味方もおり、動物はさまざまな他者との相互作用のネットワークの中にさらされて生活をすることになります。そこで、周囲の状況を察知する大きな目や触覚などの感覚器官、敵を切り裂く爪などと同時に、自らの行動を制御し、感覚と行動を調整して環境に柔軟に適応するための神経系に大きな投資を行う進化のフィードバックループが作動し始めました。つまり、カンブリア紀以降、どの動物も、他の動物にとって環境の重要な一部となり、ある程度「自己」というものを持ち、その自己が今、何を経験しているかを多少なりとも主体的に感じるようになるという、“心”(=主観的経験)が他の動物の心との関わり合いの中で生み出されることになったのです。

④タコの“心”(=主観的経験)の進化

タコやイカなどの頭足類は、もともと外敵から身を守るために殻を備えていたそうです。一部には姿形を一切変えていないオウムガイ(アンモナイトみたいな生き物)のような動物もいますが、現在のタコやイカは殻を脱いで、海底を這う生活から海中へ浮き上がり、身体の自由度を高めて、他者との相互作用のネットワークの中で捕食される側から捕食する側となることで、柔軟で無防備な姿と複雑な神経系を発達させる方向に進化していきました。タコの驚くべき知性については先ほど触れましたが、ある動物が大きな脳や神経系を発達させる時、社会生活が複雑であるほど高い知性を生むことが多いそうです。しかし、タコの社会生活はそれほど活発ではないし複雑でもありません。それよりもタコにとってより重要だったのは、海の中を動き回って狩りをすることでした。

動物の採餌には2種類あると言われており、一つは、ほとんど手を加える必要がなく、いつでも同じように入手し、食べることが可能な餌に特化したものです。カエルが昆虫を餌にするのがその例です。もう一つは、状況に応じた判断、取捨選択を必要とする餌の採り方で、たとえば、殻や皮などに覆われた食物から殻や皮を外し、中から食物を取り出して食べるには、刻一刻と変わる状況を察知し、それに柔軟に対応する能力が必要になります。この柔軟性や対応力を要求する採餌方法はタコによくあてはまります。タコは大好物のカニのほかに、ホタテ貝や魚まで多種多様な動物を食べます。たいていは身を守るための殻などを持っているので、食べるまでにはかなりの作業を必要とするのが普通で、外見から食べられるかわからないような貝も創意工夫を凝らして中身を取り出します。

このような狩猟や採餌の仕方はタコの心性の好奇心旺盛で冒険好きな面、特に目新しい物にすぐ関心を持つところとよく符合します。タコは社会性が高い動物とはいえず、他のタコと関わるのに長時間を費やすことはありません。しかし、捕食者であることから、被食者となる動物とは長く関わることになります。それも見方によって一種の社会的行動といえなくもありません。捕食者として生きていこうとすれば、行動や視点を被食者に合わせる必要があります。被食者が何を見ているのか、どのような行動を取ろうとしているのかが重要であり、捕食者は相手を狩るために必要な能力を身につけるようになるし、被食者は狩られることをできるだけ防げるような能力を身につけますが、そこで必要になる能力は、同種の動物間の社会生活に必要なものとある程度似通っているといえます。

ここまでの話をまとめると、タコにはいたずらや創意工夫の驚くべき逸話が多いですが、進化の過程でタコには余計なことをするだけの内面の能力の余剰が生まれたといえます。約6億年前に生物としてのあり方を変えた人間とタコは、進化的に互いにまったく遠い存在であり、まったく違う経路で心を2度つくったといえます。著者はタコとの出会いを「地球外の知的生命体に出会うのに最も近い体験」と表現しています。

⑤“短命”と“可能性”の表裏関係

最後に、ジェロ・マガに引き寄せて、タコの寿命に関する事実に触れたいと思います。タコをはじめとする頭足類は寿命が非常に短く、大きく複雑な構造を持ったタコやイカでも1~2年で生涯を終えるそうです。大きく複雑な身体構造をしている動物は基本的に長寿なのにも関わらずです。重さ50キロほどもある最大のタコであるミズダコもせいぜい4年程度しか生きられません。生きるのがわずか1~数年にもかかわらず、これほど大きな神経系を持つ必要がどこにあるのでしょうか。知性のための機構を備えるためには、またそれを機能させるためにはコストが高くつきます。

基本的に学習の有用性は、その動物の寿命が長いほど高くなりますし、寿命が短ければ、せっかく世界について学んでも、その知識を活かすための十分な時間がありません。それなのに、なぜ学習のために投資をするのでしょうか。未だに謎の多いタコたちの短い一生ですが、老化に関する進化論である程度説明できるといいます。

詳細のメカニズムについては割愛しますが、老化を促す遺伝子の突然変異と自然選択(外的要因の影響)の兼ね合いで、一定の時期に差し掛かると老化して崩壊するように寿命を終えるよう進化の過程でプログラムされているといいます。例外的に深海に住む長寿タコもいるそうですが、長寿の理由は、深海は海水温が低く、生物学的過程の速度が遅くなることと、深海には敵となる捕食者が少なく、被食リスクがはるかに低くなるためです(深海に住む生物は大昔から姿形を変えておらず、極めて長寿な生物が多いのもこのためです)。

しかし、大半の頭足類ははるか昔に行動が制限される殻を捨てて、自在に身体の形を変えられる自由を手に入れました。中でも極端なのは、硬い部分がないに等しいタコです。タコの柔軟な身体には、ニューロンが全体に分布しており、制約の少なさ、動きの可能性の豊かさが高度で複雑な神経系の進化を促し、それによりさらなる身体の可能性を広げることになりました。ただ、殻を捨てて自由自在に動けるようになったことは、捕食者からの攻撃に対しても無防備になることも意味します。つまり、殻を外して捕食のために動き回ることは、被食のリスクも高めて、自然の寿命を圧縮する淘汰圧がはたらくことになるのです。

そのようにして、タコたちは進化の法則に従い、
「すべきことをなるべく明日に延ばさない」
という性質を身につけるに至りました。常に危険にさらされ、明日はどうなるかわからないためです。頭足類の多くは一時の繁殖期に集中して子孫を残し、卵を産んだらすぐに死んでしまいます。でないと二度と自らの生きた証を世の中に残せないかもしれないのです。殻を捨てたことで、頭足類は形態を自在に変え、機敏に動けるようにもなりました。そして、複雑な神経系を持つようになり、ユニークな心も持つようになりました。また、同時に生き急いで若くして死ぬという生き方をするようにもなりました。絶えず、鋭い歯を持つ捕食者に狙われる危険にさらされることから、そのような生き方をせざるをえなくなったのです。つまり、短い寿命と豊かな可能性が表裏の関係にあるといえるのです。